
無題
- 高木鋼太郎
2026/07/10 (Fri) 16:43:47
過日、うききさんよりのご紹介いただいた、長久手町史編纂委員会が1987年に出した『大草城跡地形測量等調査報告書』の文献資料12に「大草村誌」が引用されています。(文献資料)https://www.city.nagakute.lg.jp/material/files/group/14/houkokusyobunnkenn.pdf
本文や図から見る限り小山ヶ沢は県道57号線の大草でしょう。
白帝文庫蔵の小牧長久手合戦屏風図が、他の同合戦屏風図のモデルになっているようですが、所詮、江戸時代、尾張藩の筆頭家老であり、大名になれなかった成瀬家の自己アピール図に過ぎません。首塚あたりに、犬山城初代の成瀬正成が、森家の重臣?の首を槍に掲げて馬に乗っている姿には愕然とします。この時、大草城は、徳川軍に制圧されていないとされ、首の出どころも怪しいところです。
無題 - 高木鋼太郎
2026/07/07 (Tue) 09:04:29
大草村誌には、小牧長久手の合戦後、家康が首実検を行ったのは小山ヶ沢(大草)であったと書かれています。成瀬正成は、首実検の最中に、森家の首をどこからかもって現れ、出世の糸口としたようです。この時の様子を描いたのが小牧長久手の合戦屛風図です。大草城については成瀬氏の上部の山頂に鶴の丸?を白旗とともに申し訳程度に出しています。
無題
- うきき
2026/07/09 (Thu) 22:46:02
大草村誌のその記述は読んでいないのですが、
家康の首実検場の伝承がある「小山ヶ沢」はたぶん、岩作神社と安昌寺近辺の間…現住所・岩作の中立花あたりです。
「尾張名所図会」(小山ヶ崎)
https://dl.ndl.go.jp/pid/959911/1/295
「google map」
https://maps.app.goo.gl/dzd9N7YoL3whnyJz6
詳細は『長久手合戦考察』に詳しいです。
私はこの(↓)ページから通販で購入しましたが、長久手古戦場記念館でも購入できます。
https://nagakutekyoudoshi.hatenablog.com/entry/2026/03/26/082725
「大草城については成瀬氏の上部の山頂に鶴の丸?を白旗とともに申し訳程度に出しています。」
髙木様のおっしゃる部分を探したのですが、(右から)第一扇の上部ですよね。
山の向こうに突き出しているのは、徳川・織田方のいずれかであって、鶴丸ではなさそうに感じました。
ただ、それを説明する書籍は私の手持ちのものにはありませんでした。
成瀬家所蔵ではない他所蔵の長久手合戦図屏風も見ましたが、この部分の白旗についても、赤旗だったり、黄色い旗だったりしました。どういうことなのでしょうね。
名古屋市博物館所蔵の「小牧長久手合戦図屏風」を見ると岩作村がかなり右のほうに描かれているので、大草城は屏風外のもっと右のほうにあたると思いました。
無題 - 高木鋼太郎
2026/07/05 (Sun) 21:05:10
いつもお世話になります。最近、私が、長久手市の大草城に足を延ばして気づいたことが幾つかあります。国道248を利用すれば、可児から大草城まで、窯業な盛んな地域を経て、以外と近く、同城が、美濃金山城の支配領域としても可笑しくありません。また県道57号線に乗って古戦場方面に移動すると、目の前に、色金山や、首塚があります。小牧長久手合戦屏風図は、犬山城主成瀬家の所有の屏風図が初見で、17世紀後半に描かれたようです。本図では、首塚付近に成瀬正成の姿が描かれており、それ故、大草城は意図的に消されている様に感じます。犬山城の本丸御殿についても成瀬家は、清洲城との関連性を隠しておられるようで、腑に落ちないことばかりです。
Re: 無題 - うきき
2026/07/06 (Mon) 22:01:58
大草城までおでかけなさったのですね。
ご感想をお知らせくださりありがとうございました。
ご存じかも知れませんが、
『家康vs秀吉 小牧長久手の戦いの城跡を歩く』内貴健太(風媒社)には
大草城(おくさじょう)のことも紹介されていて、著者さんご自身の意見として
『しかし、これほどの規模を誇る城でありながら、史料には一切出てこず、地誌類には「『尾張志』しか大草城の名を留めていない。
これは私の推測であるが、家康が大草城を攻略できなかった事実を隠すため、大草城の存在が徳川家に抹消されたのではないか、そんな風に考えてしまう。』
と書かれておりますよ。
この本には、なかなかお目にかかることができない真禅寺(西帷子)にある森長可のご位牌の写真も掲載されていました。
長久手古戦場記念館秋季企画展 「森兄弟-戦国を生きた家族-」 - うきき
2026/07/04 (Sat) 16:44:58
以下、長久手古戦場記念館公式Xより引用しました。
↓↓↓↓
________________________
長久手古戦場記念館
@nagakute1584
長久手で戦死した森長可と、戦国時代を生き延びた森忠政の兄弟の企画展です。
期間は、9/19(土)〜11/29(日)です。ぜひご来館ください!図録もございます。
※9/17〜18、12/2は展示替えのため休館日です。
https://x.com/nagakute1584/status/2073299383601574338
________________________
公式サイト
長久手古戦場記念館
https://kosenjo-kinenkan.com/
『森家先代実録 巻第四』kindle電子書籍について その2 - うきき
2026/07/04 (Sat) 14:23:02
軽微な調整をしました。
内容:翻刻文について調整をいたしました。
・踊り字
(繰り返し記号)について、
可読性および検索性を考慮し、ひらがなは「ゝ」、カタカナは「ヽ」、漢字は「々」を用いて、統一しました。
・調整版取得方法 :私の環境では、Kindleアプリで
「ダウンロードした本を削除」後に
再ダウンロードすると最新データを取得できました。
引き続きよろしくお願いいたします。
長久手の永見寺さん看板 - うきき
2026/06/16 (Tue) 21:59:19
下の文字が不明な箇所が多いですが、
「森兼山太守(長可のこと)」の名が見えます。
(※誤字脱字しているかもしれないのでブログに清書するときに見直します。)
……………………
当山の開基は興国二年(今より六百六十年余前)八月五日 禅僧碩応道睴の地蔵堂草
庵建立に依る 二代延寿良忍 三代大善紹真 四代閑林不言と続いたが不言の
歿後継承者が無く以来無住となった堂庵は荒れるに委され百余年の歳月を経て
天正十三年五月 先の長久手の戦で討死せし豊臣方武将池田恒興の家臣で大
草城へ落ちのび此の地で百姓となった伊藤友信を筆頭に 中野盛光 戸田信由 鈴木
通宣 加藤頼章 伊藤良弘 法眼こと伊藤友信の弟保昌ら七人の侍が願主
となり 荒廃せし堂庵を取り壊し新たに地蔵堂を建立し庵を結んで湧水庵と号
し沙門法眼が初代庵主庵主となった
永見寺由来記 (文政十二年四月 十七代覚般叟)
水福山永見寺開創の由来を尋るに 今を去ること遠く貞観のころ大草邑戊亥の
権道寺なる一寺ありけるに野火にかかりて焼失し今ハはやそのかげをも止めず 唯いたずらに名も分□
草の芒々と生茂て 権道寺なる地名のミぞ語り伝へて残るハいとも 儚なきことなり 古老の今□□
へて云ひけるに そのかミ丈なす大草芒々たる中を東西に向ひて流れる小川に副ひて香煙をなびき□
えかくれするさま日毎ありけるハいぶかしきことにぞ何事か異変有るやも計り難しと人々恐れおのゝき□
逑を不知一夜黄衣錫杖の菩薩夢枕に立給ひ川辺を點めよ されば我出さして万民に□□
楽五穀豊穣の利益を授けんと告給ひけり疑ふこと勿れそハ真のお告なりと皆衆川そへを□
り検めけるに こはそも如何に仏尊像出土し給ひたり かゝる尊御姿を拝奉り異口同□
有難や勿体なやとて 郷の小高き地をえらびて奉安せり即是永見寺の御本尊にして往□
道寺の秘仏延命地蔵菩薩にましますとかや已来このかた御尊像出土の地を人呼んで大草□
埋古と云ひ又香煙たなびきて流れし川故に香流川と云へる始めなりと 先住も子細お□
てか尤の儀なりと仰せられおり/\に伝へて物語りありしなり
年移り物変りて天正十壬午歳六月初二日尾州公一大事あり 京は本能寺に於て惟□
光秀公御謀反の為無念の御最後を遂げられたるに 和なることを不知亦復互に鎬をけづ□
相争ひ天下の暗雲愈々立ちこめて年は経にけり 三秋を不加卯月初め戦起り池田勝□
大垣城主森兼山太守紀伊守之助公幾多の将兵討死し給へり 鳴呼栄枯と盛衰□
の常なりと雖人の世はうたかたの如く真はかなきにや 時に雲山和尚あり 各處に両軍死
者の塚を造り手厚く葬られしハ今も尚忘れがたし 翌天正十三年九月岩崎城主殊の外
感じ入り玉ひ 供養田畑等を献上し色金の堂塔も修営なされしとぞ 長久手合戦池田
軍に利あらず侍大将侍大将伊藤三右衛門友信鈴木武兵衛通宣中野傳之丞盛光等武具を
捨てゝ大草の地に落ちのびて草原を耕やし山林を伐り開きて農耕に精励せり その頃保昌
と云へる人あり発心して出家法眼と号し時の守護職福岡様に請願 延命地蔵菩薩の
御堂に祖神土地神を合祀し又庵を結びて両軍戦歿将兵の冥福と衆人和楽五穀豊
穣ならんことを只管冀ひて仏道修行に精進なされしに始れりと云ふ
丁亥早月のころ庵のほとりに清水湧き出始めたり旱天に明暮いたる折とて皆の衆延命地蔵
菩薩の御利益也法眼さまの修法ありし賜なりと歓喜したること尋常ならず 殿是の如きこと□
逐一見聞き致され第一に仏法を以て修行得道すべき事重々肝要なり 即是仏の教□
也と仰せられ水神をも合せ祀りて且湧水庵と号して信教し給ひき
法眼尊者出家已来草原を耕し山林を伐り開き用水池を造らしめる等幾多の業□
止めて寂を示し給ふに白雪山野を覆いひて清浄世界を現すと 時に文禄五年丙申歳極月□
日の事なり 慶長第三戊戌年岩崎より恵海上座来りて当庵に止まること拾有余年期する所
再び旅装をとゝのへて雲水の行に向ひしと云ふ 甲州の人慈雲上座東海道を上りて当地
来りて語り給ふに 太閤殿下恩顧の諸大名兵を挙げ給ひけれバ大御所徳川公之征□
大軍を率ひて駿府を発し給へり云々と 当地の住人松原小五郎なる者大阪方に与せん時
到来したりと 出立に先立ち住居の裏山に小松を植へて云く 吾れ生還セバ此松根□
ず 命終セバ我が身代りとなりて大樹とならんと 幾年か年月ハ流れけるも あはれなるかな 小五郎□
再び還らず 明和四年九月大風にて倒壊せり 淳岱和尚あわれミ思召され新に植樹して□
郎之松と称せり(中略ス)寛文六年丙午歳初め大厳主座再来草庵を改築せんと精□
れしこと三年有余にして大願成就 こゝに湧水庵を改め涛々たる清き噴水に因ミて人のこ□
是ノ如く清浄なること 永劫なる可しとて 水福山永見寺と号し自は開基となり恩師元□
師を 拝請而開山とせり 維時寛文九年巳酉歳五月十八日の事也(中略ス)
冀くハ当地大草開闢以来我等が祖先の確き信仰心と尊き事跡を継承し勝行□
鑑とし報恩感謝ノ念を厚くし今世後世未来永劫郷土ノ開発に精進せん事を
奉請誕生仏因識当山開創之由来以酬上慈恩者也
于時文政拾弍巳丑年四月初八日 尾州愛知郡大草邑永見寺拾七代 覚般叟
平成十五年一月吉日 書之
要するに - うきき
2026/06/16 (Tue) 22:28:14
長久手合戦で敗れた池田家臣たちが、供養と開拓に尽くしたことが永見寺の大きな基盤になっています。
それから、「長久手市観光交流協会」サイトさんのガイドマップがわかりやすいのでリンクを載せておきます。
・長久手御朱印・史跡コレクション
https://www.nagakute-kanko.jp/historic-collection/
・参の行路(大草城周辺)
https://www.nagakute-kanko.jp/wp-content/uploads/2023/02/7d57c0d003656cdff13bd28e690e37b3.pdf
大草城 - 髙木鋼太郎
2026/06/16 (Tue) 12:28:35
色々、ご提示いただき、ありがとうございます。長久手市の大草城については、益々、謎が深まるばかりです。信長時代より、瀬戸市、多治見市、可児市は陶器の生産地として知られ、信長は陶器利権を守るため、直轄領として、美濃金山城の、森等に、管理させていたようです。これ故に、森長可が長久手の大草城を支城としていても可笑しくないように感じています。
Re: 大草城 - うきき
2026/06/16 (Tue) 21:49:35
ご意見ありがとうございます。
先週、大草(おくさ)エリアも実際に回ってきましたので、史料を確認しながら少しずつ整理して掲載していきたいと思います。
地元には森長可が福岡新助(地元の有力者)に城代を任せたという伝承もあるようです。
地元の方だけが使っている「城下」という地名などの話も聞き、やはり現地を歩くのは楽しいです。
次回無料キャンペーンは7月7日です。 - うきき
2026/06/11 (Thu) 14:46:35
お礼:皆様と森長可公のおかげで、
6月8日(月)時点でKindleストア売れ筋ランキング
無料タイトル 22位
歴史学1位
日本史1位
になりました。
ありがとうございました。
次回の無料キャンペーンは7月7日です。
Re: 次回無料キャンペーンは7月7日です。
- Kijokazu
2026/06/12 (Fri) 00:34:18
おめでとうございます。無料キャンペーンでも1位は凄いです。
私も折を見て、購入・拝読しなくては・・・。
Re: 次回無料キャンペーンは7月7日です。 - うきき
2026/06/13 (Sat) 13:28:31
ありがとうございます。
出版の案内をした時にはKindleが何かわからない方が多かった印象なのに、
多くの方がその壁を越えてくれてダウンロードしてくださってひたすらありがたいです。
長い歳月をかけてずっと調べてきたことを、外の世界に渡せた安心感も大きいです。
Kijokazu様も7月7日の無料キャンペーンを利用してくださいね。
よろしくお願いいたします。
Re: 次回無料キャンペーンは7月7日です。
- Kijokazu
2026/06/13 (Sat) 22:55:17
無料キャンペーンを利用するのは申し訳ないと感じ、普通に購入しました。
すぐには読めないと思いますが、取り急ぎ、報告します。
Re: 次回無料キャンペーンは7月7日です。 - うきき
2026/06/14 (Sun) 00:05:58
Kijokazu様:
無料キャンペーンで全然構わなかったのですが、
ありがとうございます
寝る前にKijokazuさまの本を拝読します。
Re: 次回無料キャンペーンは7月7日です。
- Kijokazu
2026/06/14 (Sun) 00:45:04
私がKindle出版したのは下記アドレスの2冊ですが、
日本史とは無関係ですし、興味がない方は全く面白くないので、
無理に読まれなくて大丈夫ですよ・・・。
(ちなみに猫の表紙を描いたのは妻になります。)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0H3GBLV3D
https://www.amazon.co.jp/dp/B0H42186JS
電車の車窓から見える森家史跡本を作ってください。 - うきき
2026/06/14 (Sun) 14:49:49
説明が下手ですみません。
前回の私の投稿時にはすでに
『ドリームランドモノレールに沿って』
を購入して拝読中でした。
毎晩寝る前にちびちび拝読します。
もう一冊の表紙は奥様画とすぐにわかりましたよ。
Re: 電車の車窓から見える森家史跡本を作ってください。
- Kijokazu
2026/06/14 (Sun) 21:28:32
購入ありがとうございます。こちらも下記アドレスのとおり、
微力ながら自分のX(旧Twitter)で紹介してみました。
https://x.com/kijokazu/status/2066144824575861133
猫の絵の表紙もわかりましたか。さすがに件名の史跡本は厳しいなあ。
では、消えゆく広見線の本とか… - うきき
2026/06/16 (Tue) 21:44:35
Xでご紹介くださりありがとうございます!
とても嬉しいです。
Kijokazuさまの次回作も頑張ってください。
『森家先代実録 巻第四』kindle電子書籍について - うきき
2026/06/13 (Sat) 14:21:38
・記載の池田勝入(恒興)所持の刀の象嵌「笹に雪」および現代語訳中の表現について補足します。
・『森家先代実録』原文の記述には「笹に雪」とありますが、伝来の刀身銘は「篠ノ雪」、刀剣は「篠の雪」と称されていることが確認されました。
このため現代語訳の表現については、原文との対応関係および刀銘の実態を踏まえ、
笹に雪[篠ノ雪]
と整理する予定です。
脚注も加えます。
脚注
笹に雪:『森家先代実録』に見える金象嵌表記である。『本邦刀剣考』(1827)図版資料では刀身銘として「篠ノ雪」が示され、『寛政重修諸家譜(永井家)』では「篠の雪」として伝来名が記される。
よろしくお願いいたします。
Re: 『森家先代実録 巻第四』kindle電子書籍について - うきき
2026/06/13 (Sat) 14:32:55
参考資料
『寛政重脩諸家譜 第4輯』
https://dl.ndl.go.jp/pid/1082713/1/143?keyword=%E7%AF%A0%E3%81%AE%E9%9B%AA
『本邦刀剣考』
https://dl.ndl.go.jp/pid/1883741/1/119
https://dl.ndl.go.jp/pid/1883741/1/120
※国立国会図書館サイトへ移動します。
修正版取得方法 - うきき
2026/06/13 (Sat) 23:41:44
私の環境では、Kindleアプリで
「ダウンロードした本を削除」後に
再ダウンロードすると修正版を取得できました。
備忘録 - うきき
2026/06/13 (Sat) 15:26:51
6月6日(土):長久手古戦場記念館→勝入塚→黒母衣武者十人塚(推定地)→庄九郎塚・勝道九兵衛秀胤討死の碑(池田一族)→鑓合わせの場(推定地)→武蔵塚→前熊寺→永見寺→大草城跡→安昌寺→色金山→長久手古戦場記念館→イオンモール屋上駐車場より長久手古戦場を一望