RANMARU! BBS

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 なかば、私のツイッター化の掲示板ですが、気味悪がらずに書きこみいただけるとありがたいです。
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9月20日 - うきき

2017/09/20 (Wed) 09:05:36

本日は森可成公のご命日です。
彼岸花も美しく咲く時期ですね。
合掌。

今日、もしくは2-3日中に『木村咄』掲載の蘭丸の逸話『反間になるものなり(仮題)』をブログにアップします。
ティーンなのに蘭丸が名探偵すぎて『信長公の恩寵なほ甚だし』なのであります。

ブログ更新いたしました - うきき

2017/09/20 (Wed) 21:55:33

森蘭丸の逸話を更新いたしました。
森可成公に再度、合掌。

もりだくさん。ブログ
蘭丸の逸話『反間になるものなるべし』
http://morimoridakusan.blog.fc2.com/blog-entry-161.html

柱穴列や清水の湧く井戸 津山城跡で発掘説明会 - うきき

2017/09/12 (Tue) 11:47:00

柱穴列や清水の湧く井戸 津山城跡で発掘説明会 岡山

『津山市教育委員会が津山城跡に位置する「新津山国際ホテル」建設予定地(同市山下)で進めている発掘調査で、近世の柱穴列や、いまも清水が湧き出る井戸などが出土し、現地説明会で一般公開された…』

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170912-00000026-san-l33

スジャータ - うきき

2017/09/07 (Thu) 11:55:45

スジャータ 日本の城と戦国武将

運が良ければ津山城がゲットできます。
「金山城」が城リストにあったので期待してたら、群馬県の金山城ですって…。
ふ…。

やっぱり女にモテたのね… - うきき

2017/08/29 (Tue) 01:44:32

森蘭丸の新たな逸話がわかりました。

先日、宮内庁書陵部(!)所蔵の文献のコピーを入手して、今、逸話の翻刻をしているところです。

内容に意味が分からない部分もあってまだ頭を抱えておりますが、謎が解け次第(解けなくても)、ブログ「もりだくさん。」にて公開しますね。

内容は、金山の町人の娘「まん」の恋のお話です

Re: やっぱり女にモテたのね… - うきき

2017/09/03 (Sun) 22:47:59

ブログを更新いたしました。

まだ現代語訳まではできていないのですが、早く逸話がお知りになりたい方もいらっしゃるかと思い、先に原文をご紹介しています。
_________

蘭丸君の逸話「まん、まん」 その1
http://morimoridakusan.blog.fc2.com/blog-entry-159.html
_________

美濃金山城跡イベント - うきき

2017/08/29 (Tue) 20:35:03

山城に行こう!2017 ~センゴクの城~

http://www.city.kani.lg.jp/item/14202.htm(可児市サイト)

岐阜県可児市とのコラボ企画「地域限定城めぐり - うきき

2017/08/07 (Mon) 05:48:29

貼っておきます。
リンクは外部サイトです。
----------------------------------------

岐阜県可児市とのコラボ企画「地域限定城めぐり
http://gamebiz.jp/?p=190592
『このキャンペーンは、2017年4月に「続日本100名城」のひとつに選定された岐阜県可児市の美濃金山城を中心とした、岐阜県南部(一部は愛知県)の20城をめぐるスタンプラリー。』

羽柴右近(森忠政)邸あった! - うきき

2017/07/18 (Tue) 21:47:46

最近見つかった「江戸初図」の画像を何気に見ていて気づきました…。
ちゃんと森忠政の屋敷の場所も書きこまれていますね。
________________

慶長江戸絵図(けいちょうえどえず)
http://www.library.metro.tokyo.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=40#
(図を最大限に拡大すると、下方真ん中あたりに「羽柴右近」と書いたエリアがあるのがわかります。)
______________________

「江戸始図」最古級の徳川家江戸城の絵図
http://www.sankei.com/photo/story/news/170208/sty1702080013-n1.html
「慶長江戸絵図」と同じ場所に「羽柴右近」の名が書きこまれていますね(心の眼で見るレベル)!

戦国武将コレクションシール - うきき

2017/07/10 (Mon) 15:42:17

キャンドゥで売ってました。
森家がいませんけどね!

新撰組もありましたよ。

典拠を捜査中の話 - うきき

2011/11/21 (Mon) 23:56:31

 先日ご紹介したGoogle eブックストアで見つけた『尾参宝鑑』という書籍を読んでいますが、この中に大変気になる記述があります。
 この『尾参宝鑑』自体は明治時代の出版ですが、森家の関連を読むに『森家先代実録』や『林家覚書』を熟読していないと知らないような記述なんです。
____________________

『尾参宝鑑』(無料ですぐにダウンロードできます。)
http://books.google.com/ebooks?id=dgRoqRR5N4YC&hl=ja

気になる記述があるところ。
■『第二巻 第八章 尾参諸城(岡崎城)百五十九』:本多家老臣 林長兵衛直次
Google books では523ページ
■『第三巻 第二十三章 諸将及忠臣烈士ノ墳墓 二百四十八』:森家
Google books では890ページ

 気になるのは、この記述の中に蘭丸の母・妙向尼について私の知らないような話が細かく書いてあることなのです。
文章では「妙光禅尼」となっているのですが(アハハ…汗)

 私が気になるところを補足を入れつつ現代的に要約して箇条書きすると

・林長兵衛の姉(妙向尼)は斎藤道三の娘(濃姫)に仕える者だった。美しくて知恵があったので、濃姫
の守役として道三に教育された。
・道三が彼女(妙向尼)を森可成に嫁がせて一男を産んだ。それが森可隆。
・道三は濃姫が信長に嫁ぐのに及び、なお可成の妻(妙向尼)を守役として織田家に行かせた。
・可成の妻を通じて信長は森可成の知勇を知り、可成を織田家に招いて家臣にしようとした。
・信長の家臣になった可成、織田家で厚遇を受けてみんなのジェラシーをあびる。
_____
・可成の妻はかつて織田信長室(濃姫)の侍女であり、付人として美濃から尾張にやってきた。
・信長は彼女を森可成にめとらせた。(←記述がさっきと矛盾してる
・林氏(長兵衛)はその姉の妙光禅尼(妙向尼)とともに一向宗の大信者であったので、信長が大阪の一揆を征するにあたり、いやしくも一揆に不利な密計はことごとく林長兵衛が大阪(石山本願寺)に内報した。そのため信長の軍略はことごとく大阪の知るところとなった。
・信長やその家臣が大阪を征服できなかったのは、可成の妻がことごとく密報を大阪に入れていたから。
・可成はそんなこととはつゆ知らずには常に妻に情報を語っていたし、また、可成の妻は親しく信長に接して機密を得ていた。
_______________
 以上、時間の都合でかいつまんでピックアップしましたが、原文はGoogle eブックストアでご確認ください。この『尾参宝鑑』の記述に関しての出典がどうしてもわかりません。
 林長兵衛が敵の鈴木重行に機密情報を漏らしていた話は『林家覚書』にも書いてあるのですが、ここまで細かい話は書いてはいないように思えます。
 他の部分の森家の記述を読むにちゃんと出典があるとわかるし、よくぞここまで調べあげたな、という印象なので、きっとこの妙向尼のお話にもデドコロがあるのだろうと思うのですが…わかりません(涙)。
 
 まさか根拠のない想像でここまで詳細は書くまいと信じつつ、出典を探し中です。

Re: 典拠を捜査中の話 とみー

2017/07/03 (Mon) 20:11:01

凄いこんな本があるんですね
本家本元の林家覚書を見てみたいなと思ったんですけど、
ネット、若しくは大きな図書館などでは見れないのでしょうか?

とみー様へ: - うきき

2017/07/03 (Mon) 23:24:06

とみー様、こんばんは。
すごく古い書き込み(2011年!)を掘りおこして下さりありがとうございました。
私自身もこんな書き込みの存在を忘れてしまっておりました。改めて読むと妙向尼はかなり思いっきったことしてますよね(いえ、史実かどうかはわかりませんが)、黒幕レベルの行動力こっちがドキドキしてしまいますわ(いえ、史実かどうかはわかりませんが)。
なお、いまだもともとの出典はわかりません。

お尋ねの『林家覚書』ですが現在は名古屋市博物館の所蔵になっております。
どのくらい前かは忘れましたが、他の林家の宝物ともども売りに出ていたのを名古屋市博物館が一括して買い取ったとのことで、今でも森家関係の特別展などでちょこっと展示されたことがあるくらいでまだ『林家覚書』の存在自体がメジャーになっていない気がしますし、私の知る限りでは『林家覚書』はまだ活字化されていません。是非、してほしいですよね。

私はご縁があって内容を知ることができました。
森家の文献では見受けられない内容などはピックアップしてこのサイト内の関連ページなどで紹介しておりますけど、まだまだ充分書き出せてはないです。

うきき様へ: とみー

2017/07/04 (Tue) 20:56:57

早速のご返信ありがとうございます。
林家覚書という超マイナー本検索でたどりついたのがここでした(笑)
気軽に見れる本ではないと分かり残念なので聞いてしまうのですが、本願寺とのヤバイ内通話は林家覚書で本人の林さんが書いているのですよね?母も内通はしちゃってるかもとは思ってましたがここまで😓? 妙向尼が濃姫の侍女だったとか信長が仲人とかの話は森一族のサイトの林家覚書の抜粋を見るとさらっと書いてあるように思いましたが、尾参宝鑑だと随分詳しいのですね
ちなみに、本願寺との和睦に当たり林さんと蘭丸で和睦工作を行った事も林家覚書にあるようですが、和睦工作の内容はうきき様の森一族のサイトで見た助命嘆願するなら下山しろという指示を与えたという記述以外には特にはないのでしょうか?
内通本当なら森一族って処刑されてもしょうがない程ですけど良く無事に済みましたよね
たくさん質問してしまいスミマセン...

とみー様へ 2: - うきき

2017/07/05 (Wed) 16:48:52

とみー様:
『林家覚書』の存在は森家ファンでも判る方が少ないのに、よくご存じでしたね。
お尋ねの件については今週末までには改めてこのBBSにて回答さしあげますので、少々お待ちくださいませ。(子供が寝てからじゃないと資料を広げられなくて…)

それにしても『尾参宝鑑』のことも改めて気になり始めました。
でも、明治30年の出版物なので、筆者に問い合わせるという技も使えません。せめて参考文献を本に書いていてくれればよかったのにと思います。

『可成の妻は親しく信長に接して機密を得ていた。』とか(史実かどうかはわかりませんが)、具体的にはどうするんでしょね。
たとえば信長にしょちゅう会ったりしてたら別の疑いをかけられそうじゃないか…とか考えたりしてしまいます。

とみー様へ3 - うきき

2017/07/06 (Thu) 23:58:53

お待たせいたしました。

『林家覚書』を読み返しましたが、和平工作については『助命嘆願するなら下山しろという指示を与えたという記述以外』には特になかったです。

この和平工作の内容も『林家覚書』に表現を変えて何回か出てきたりしておりますが、そのうち一番詳細な文章(漢文です)ではこのくだり、
__________________________

『石山本願寺の者(「御坊」って書いてますがまさか顕如?)が密かに兼山に行って妙向尼と対面し、信長公に和睦を頼んでくれるよう望んだ。妙向尼はその対面の後につぶさに蘭丸に語った。』と書かれていました。そして続く蘭丸のセリフが
『御坊がその地にいては和睦は成しがたい。今籠っている当城を渡されて一旦いずれの国へなりとも出院なさってから再び和睦の願いをしてしかるべきです。』
その蘭丸の指図に任せて御坊(顕如)は和泉国の皆塚に立ち退いて信長公へ和睦の願いを申し入れ(以下略)
___________________________

となっていました。
原文がお知りになりたい場合はまたお知らせください。
あ、なお『今籠っている当城』と書いた部分、ちょっと私の脳内バンクに存在しない字がありましたのでぼかしてます(原文:『今被■籠当城』)。
■の部分の文字を私の書いた字で画像としてあげてます(備?)のでもしご存じでしたらご教示ください。

しかしまぁ、母親に相談されて石山本願寺にこんなセリフを言えちゃう十代の蘭丸…一人で判断した上でのセリフならなんと末恐ろしい子…(死んじゃったけど)。

うきき様へ: とみー

2017/07/08 (Sat) 01:09:41

忙しい中ありがとうごさいます。
うちにもちっこいのが二人いるので気持ち分かります
この文の感じだと信長に言う前に本願寺に伝えているのですね 私、てっきり信長に和睦したがってると伝えた後で、彼らに下山しろという指示(例えば信長から)を与えたのかと思ってました
漢字は生まれてこのかた見た事ないですが、中国の方ならご存知かもしれないとか思いました 明らかに現代で使われている漢字には見えないですね
そういえば、妙向尼の内通は林家覚書や他の史料には載ってなくて、林さんだけの内通としか書いてないんですか?
尾参宝鑑の著者を検索したら尾参郷土史とかも出てきましたが、本人自体の出自を追えませんでした
真剣には追ってませんが.....彼の出自や共同執筆者がどんな人か分かれば出典も追いやすいのかなとは思ったのですが
漢字の件お力になれず、しかもまた質問してしまいスミマセン 気が向いたらご返答下さい

うきき様へ: とみー

2017/07/08 (Sat) 10:15:52

原文読んでみたいです。
お願いします。
本願寺との和睦の件は前々から興味がありましたが具体的な森母子の働きかけが見えてこなかったのですが、蘭丸自身の和睦に対する働きかけがわかって目からウロコです。
蘭丸はお利口さんだったと言われていても、早死にしたから
あまり功績残せてないですもんね

とみー様へ4: - うきき

2017/07/08 (Sat) 15:08:55

妙向尼の内通は『森家先代実録』や『林家覚書』には載っておりません。

ご教示いただいた『尾参郷土史』を読めばまた何かそこに新たなる手がかりが見つかるかもしれませんね。どこかの図書館にあるでしょうか…情報どうもありがとうございます。

『林家覚書』和睦のくだり(原文)
__________________

元亀元年大坂之御坊催一宗野田福嶋籠城、其頃江州坂本浅井朝倉出張是故門徒方其侭差置軍勢江州被差向、扨、天正八年比大坂之門徒信長公可有退治御沙汰門徒方相聞御坊聞之被思難儀早速美濃国兼山潜下向有之、是者蘭丸母一向宗、且蘭丸事当時信長公出頭因茲御坊蘭丸母妙向対面而信長公和睦可有頼望也、妙向対面後具蘭丸語、蘭丸曰御坊有其地和睦願可難成、今被■籠当城被相渡一旦何之国成共有出院重而和睦之願可然云、任蘭丸指図御坊和泉之皆塚立退信長公和睦願有之故信長公終和睦之御宥免有之也、其後為御礼下間民部卿以青滋千鳥香炉徴宗皇帝筆枯木鳩絵右二品進上有之也、其後亦御坊兼山下向妙向有対顔件之赴厚御礼有之、此後妙向者一向宗中興建立之同行可尊有之妙向卒去後絵像而本寺被居置地走有之也、御坊十一代目顕如上人也
_________________

(※読点「、」は私が勝手につけました。原本には返り点(「レ点」「一二点」)が施されているのでもっと読みやすいです。

前回申し上げたように、和平工作の内容についても『林家覚書』には表現を変えて何回か出てきたりしているのですが、別のページを改めて読むとそっちでは蘭丸の名前と一緒に林長兵衛も挿入されていたり、本願寺方が妙向尼に対して「長兵衛と蘭丸に和平の取り持ち」をしてもらえるよう頼んだりしていました。また、ちゃんと信長に報告したうえで本願寺に指図しているパターンもありました。
失礼いたしました(反省)。
やはり一か所だけを読んでここにこう書いているからこうなんだと解釈するのはこの文献においては危険なようですし、そのまま信じてしまうのも用心したほうがよさそうです。お取扱い注意ですね。

うきき樣4: とみー

2017/07/08 (Sat) 23:58:03

またもや大変ありがとうございます。
昔の史料って矛盾あったりしますけど、ザックリでも本願寺とのやり取りの雰囲気が掴めて良かったです。
尾参郷土史の下巻の目次に森家面々の名前がありました。
尾参精華という本もあるようですが
国立図書館で見れるようです。
そういえば、うきき様のブログで木々寸物語の事が書いてあり欠損部分興味あります。
そちらのブログにも、また書き込みする事もあるかもしれませんがよろしくお願いいたします。

とみー様へ5: - うきき

2017/07/09 (Sun) 17:20:59

あらら…『尾参鄉土史』はまだ著作権があるのですね。
デジタルデータで見ることができずに残念です。
2030年まで待てる自信ないです…。

google ブックスのほうにはこの書籍の情報がでていました。
どうやら3巻すべてに森家情報が書かれているようです。

『尾参鄉土史』 第 1 巻:https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=-RxNAAAAMAAJ&focus
『尾参鄉土史』 第 2 巻:https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=GQxNAAAAMAAJ&focus
『尾参鄉土史』 第 3 巻:https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=dwxNAAAAMAAJ&focus

書籍内検索ができるのでそこに色々とキーワードを入れると内容の一部を読むことができました。
「妙光禅尼」(→本当は妙向尼ですが…)なんかをキーワードにして『尾参鄉土史』内を検索すると、内通関連っぽいのがでてきますね。
うーん、やっぱり読みたいですね。


『木々寸物語』、懐かしいですね…。
かなりお金をかけて欠損部分探しをしましたが、これも謎のままです。

こんにちは - ありさ

2017/07/07 (Fri) 16:45:21

うききさま、ご無沙汰しています。たまに史跡巡り報告しているありさです。

先日の豪雨で福岡が大変なことになっているのを見て、うききさんは大丈夫なのか心配になって書き込みしました。大丈夫でしょうか??本当に自然の脅威は恐ろしいですね…。

私は史跡へたまに行っているのですが、目立った所には行けていません。去年伊勢に行くと言っていたのですが、子供達が体調不良で行けずでした。

また行きましたら書き込みしますね!

ありがとうございます。 - うきき

2017/07/07 (Fri) 22:38:29

こんにちは、ありさ様。お久しぶりです。
今日は雨の七夕様になってしまいました。
そして本日は森蘭丸の末の弟にして美作国主・森忠政公のご命日です。(-人-)

豪雨の件、ご心配くださりありがとうございます。
優しいお気遣いに感謝しております。
幸いなことに私や親戚・知人に被害はありませんでしたが、自分の知ってる場所がひどいありさまになっているのをニュースで見たり、人から具体的な被害状況を聞くにつけ心が痛みます。
昨年の地震以来、九州ではどこに行っても『ガンバレ熊本・大分』の垂れ幕やポスターなどが掲げられていますが、もはや九州全体がガンバらんといかん状況のようです…。

前回おっしゃっていた伊勢は先送りになってしまったのですね。
それは残念でしたね。
またどこかにおでかけなさったら、ぜひぜひレポください♪よろしくお願いします。
そんな私はただひたすら10月の兼山行きを夢見て生きている次第であります。

この梅雨が明けてれば次は本格的な夏が来ますね。
京都の夏場のあの酷暑は想像しただけでもたまりません…ありさ様もどうかご自愛くださいね。
あ、でも暑けりゃ琵琶湖で泳げるのですよね、羨ましい…。

良かったです - ありさ

2017/07/08 (Sat) 22:15:00

うききさんやご親戚もご無事だったのですね、安心しました。
でも本当に雨とは恐ろしいですね…(>_<)私の家も山の麓なので他人事とは思えず。あんな土砂崩れがきたら一貫の終わりです。

うききさんは10月に兼山に行かれるのですか?最後なのですよね?森家武者行列が(;_;)何故に…残念で残念で辛いです。やっぱり継続にはならないのでしょうか?いつか見たい、いつか息子が出れたらいいなと思っていたのに。

10月はお子達の運動会があるため土日に予定を入れられず、蘭丸まつりは行けないですが、違う月に1人で行こっかなぁと密かに計画中です。お子達はパパに…お願いしようかな♪

そうそう今日娘がおばあちゃんと出掛けて本屋で歴史人物事典を買ってきたのですが、森蘭丸ありましたよ~!( ´∀`)信長の宝物と書いてありました☆

でもお父さんやお兄ちゃんはなく…意味不明な知らん誰これ!?て人も載ってんのになんでやねん!と1人立腹していました(-_-;)

それでは暑い夏も目の前ですね、うききさんも体調にお気を付けて、ご家族で楽しい夏をお過ごし下さいね。

ファイナル武者行列 - うきき

2017/07/09 (Sun) 16:34:01

最後の武者行列を見学するために、10月はなんとか都合をつけて兼山へ馳せ参じたいと思っています。
うちの息子もいつかお馬に乗せたかったけど、残念ですね。
でも、あの小さな町が大きなイベントを今まで続けてこれたこと自体がすごいです。
ミラクルで運動会が兼山のお祭りとは違う日に当たればよろしいですね。

>歴史人物事典
それはお子様用の事典ということですね。
すごい快挙だ、蘭丸。(*'▽')
宝物って解説もすごいwww
まぁ、そうですけどね。
しかし、戦前は教科書にも普通に載ってたんですよ、森蘭丸。
太平洋戦争中に若者の戦意高揚にも使われました。
「昭和の森蘭丸たらん。」って感じで憧れの存在だったのです。

…話がそれました。


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